心を壊すいちばんの原因は?心を楽ににするために知っておくべきこと

心を壊す原因は何でしょうか。ストレスでしょうか。
ストレスはどこからきているのでしょうか。特定不能なのでしょうか。
いえいえ、実は、心を壊す原因は、壊した本人は既に自覚しています。これだ、と。

心を壊している原因は、その本人がきちんと把握しています。
その原因が解決できれば、実は、心の病の治療は容易なのです。
だって、その原因から、本人を遠ざければよいのですから。

ですが、簡単に原因を遠ざけることができるならば、心の病気にはなりません。
簡単に遠ざけることができないから、本人は病んでいくのです。
それは、本人の「こだわり」に他ありません。

僕が自律神経失調で倒れたのには、明確な原因である「こだわり」がありました。
  

心を壊した、僕のこだわり

1つには、会社のために働かなければならない、という義務感。オーバーワークです。
ひどい時には、3か月、休みがない時もありました。

ただ、もう一つ、こちらの方が大きかった。
それは、家族を養わなければという義務感、それに伴う「将来に対する不安」でした。

30代、まず結婚しました。
そして、子どもを授かりました。
さらに、家を建てました。2世帯住宅です。

しっかり稼いで、しっかり家庭を守る、自分の中には使命感がありました。
妻を、子どもを、そして親を幸せにしたい。

実は、夢に破れて、塾講師の道を選び、
ただ、塾講師は不規則な生活が続くことから、本当は早くに辞めるつもりでいました。
仕事をしながら、資格をとり、本当にしたい仕事に就きたい、とひそかに思っていました。

ところが、入った当初は小さな塾でしたが、少しずつ大きくなって、給与もそれなりに多くなりました。
ですが、その分の責任と、やる仕事が増え、加えて、小さな塾だったので、僕の代わりは誰もいない、
つまりは「辞めづらい」状況になっていました。

もう、それでいいかな、と思ったのです。
仕事はそれなりにありましたが、子どもが好きになった、
子どもからも親御様からも慕われるようになった、
ある程度、稼げるようになった、

それで妻と出会った、
結婚し、子どもを得、家を建て、二人の収入で、十分にやっていける水準だった、
だから、このまま、ここの塾講師でいいかな、と考えていたんです。

甘い考えでした。
塾業界は今は激戦状態、
そして、個別塾が台頭してきて、弱小な個人塾や集団塾は太刀打ちできなくなってきていたのですね。
そのあおりは、僕が働いていた塾にもありました。
塾生が少しずつ、減ってきていたのですね。

その塾は、トップである塾長と、僕の、2トップで成り立っていました。
彼とは、歳の差が10あったのですが、20代の時は何も考えていなかったのです。

30代になったとき、ふと心に過ぎるものがありました。
「オレ、この塾で、ずっとやっていけるのか」と。

トップの塾長は、親が教師をしていたこともあり、40代で教育委員会の一員でした。
よく言っていたことが、
「俺がこうやって外の仕事をしているから、今の塾がもっているんだ」と。
僕も、確かにそうかな、とは思っていたのです。
ですが・・・まてよ、と。
彼が引退した時点で、この塾を任されるのは僕だが、今の現状でやっていけるのか、と。

実際、僕の部下はひとりもいない。
支店を出している訳でもない、営業規模を拡大している訳でもない、
現状維持。
これを、このまま、彼が引退し、
「はら、やってみろよ」と渡されて、
「はい、わかりました」とできるのか、と。
危険ではないか、ここにいるのは危険ではないか、と。

心が振動をはじめたのはそれからです。
既に、35歳を過ぎていました。
転職?無理じゃないか?
今、家庭がある。子どももしっかり育てなければ。
ローンもある。大丈夫か?

やばい、やばい、やばい・・・

それまで、何も考えていなかった自分がはじけ飛んでいく、そんな感じでした。
将来の見通しが全く見えなくなったのです。

義務感という「こだわり」が不安を呼んだ

それからです。
毎日が不安になりました。
生徒指導をする際に、子どもの夢を聴き、進路を考える。
公務員、教師・・・
ああ、なぜ俺はこの子たちのように「安定」を考えなかったのか。
その時の僕は、子どもの夢を聴くこともストレスになっていました。

ですが、逃げ出せなかった。
僕の代わりはいなかったのですから。
だから、結局、身体が実際に動かなくなる、そのときまで、僕は悩みながら働き続けていました。
将来のことを。
そして、思っていました。
オレは何もできない、この塾で英語と国語と社会を教えることしかできない、
塾講師としても半端な人間だと。

つまりは、僕は、将来に対して不安を抱き、
さらに、自分を下げていくことで、心を壊していったのです。

原因は、本当に明確でした。

ただ、その不安を取り除くことが、その時にできたかどうか。

「こだわり」から心を救う方法

心が壊れる原因「こだわり」から、その人や、自分自身を遠ざけ、救い出すことは可能なのでしょうか。
原因は様々。その原因に縛られるから、心が後ろ向きになり、病んでいきます。
考えてみましょう。
・その原因「こだわり」は、本当にこだわって抱えていくほどのものなのか。
・その原因「こだわり」にあるものは、自分が命をかけるほどのこだわりをもたねばならないのか。

・自分が本当に欲しいものは何なのか
・自分に今、本当に必要なものは何なのか

そして、
・その原因「こだわり」は、真正面から受け止めなければならなかったのか

結局、
何か他の解決方法はなかったのか

気づかなければなりませんでした。「他の解決方法が、必ずあるのだ」と。「こだわり」よりも大切なものがあるのだ、と。

他の解決方法が必ずある、そう思えば心が楽になる

いちばん大切なものは、自分自身がここにあることだと。
いちばん大切なものは、今を切り抜け、成長するための生命力、健康であることだと。
・そして、ほんとうに大切なものは・・・自分の周りにいる、かけがえのない人たちなんだと。

今、僕は、あの時、倒れるべきして倒れ、そして、倒れたことにある意味、感謝しています。
あの塾で、あれ以上働いていても、僕自身の成長はなかった。
おそらく、塾業界の激しい競争の中で、
あの塾は生き残ることはできないでしょう。
遅かれ早かれ、路頭に迷う可能性が高かった。
それならば、そこから離脱をすればよかったのです。

当時、妻、子ども、家庭、ローンと、重たいものを背負い、また年齢を考えた時、
飛び出す勇気はなかった。そのときの位置にこだわっていたのですね。
また、自己評価が低すぎましたね。
自分のことを「カス」だと、本気で思っていました。

ですが、今、こうして再び、塾業界で働くことになっている。
そして、当初、30名だった個別塾の教室が、僕が来てから、80名近くになりました。
自分は、自分で思うほど、「カス」ではないのですね。
確かに、まだまだ、収入は高いわけではありません。
このままでいいのか、不安が消えたわけではありません。

でも、こう考えることができるようになりました。
ちゃんとやっていれば、どうにかなるさ」と。
べつに、今を急に変える必要はないではないか」と。
そして、一番大きいのは、
「健康がいちばんかけがえのないもの」、つまり、足るを知ったことでした。

「こだわり」を捨て、足るを知ること

笑顔で、健康で、大事な人がそばにいてくれる。
はっきり言えば、
家など、お金など、
それを満たす程度であれば、それでいい。

そう思えるようになって、すこし気が楽になりました。

確かに、お金は大切で、貧富の格差は大きな問題になっています。
でも、心を苦しめるほどに解決方法がないかといえば、以外にあるわけで、
僕などでも、35を超えて、心を壊しても、資格などもたなくても、働くことができている、
給料を頂いている、
加えて、さらに社会に挑戦するチャンスを頂いている。

ありがたいことだ、と思っています。

心を壊すほどの「こだわり」は、必要ないのではないでしょうか。

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