「それでもあなたを信じる」 子どもに響く言葉の効果


塾講師のケイです。

前に「マジックワード」の効果をお伝えしました。
信頼関係を前提にした「今のお前なら大丈夫」といった言葉は、
強烈に子どものやる気と結果を上げる効果がある、と。

ですが、
この「信じる」という言葉、実はマジックワードではありません。
僕は、子どもを信じて、痛い思いをしたことは何度もあります。
子どもは、信じても信じても、裏切ってしまうものなんです。

「宿題、できるよね?」
「明日、自習に来れるよね?」
「遅刻、しないよね?」

ことごとく、裏切られました。
そして言うんですね。「忙しかった」、と。

てめ~、と思います。

ですが、信じられて育つ子供と、
信じてもらえずに育つ子供では、
そこで受ける心の傷が全然違います。

そして、裏切られても、裏切られても、子どもを信じる想い、それはいつか子どもがその人に対する「信頼」と「愛情」、「尊敬」に変わっていきます。
これは、僕が個別指導塾の副室長として、面談の際に体験したお話です。

  

母と息子の葛藤

個別指導塾であれば、11月から、もっと早ければ10月から、冬期講習に向け、「コマ取り」が始まります。
集団塾であれば、冬期講習や夏期講習は既に強制参加です。5~10万、さらにはそれ以上の金額が動きます。
個別指導塾は、冬期講習も「個別」です。個々の状況に応じて、授業の個数を決めていきます。
これを、僕は「コマ取り」と呼んでいます。

通常、1コマ~千円の単価で、いくつとらせるか、での売り上げ合戦となります。
もちろん、「コマ」がたくさん売れた方が売り上げが良くなるわけで、
すごいところとなると、1回の講習で一人に50コマ以上、ふっかけるところもあると聞きます。
金額にして10数万。
僕は、はっきり言って、この「コマ取り」が好きではありません。
僕の担当している個別指導塾のある地域は、それほど富裕層は多くありません。
片親家庭もあれば、共働きでぎりぎりの生活費を切り詰め、
それでも、子どもを個別指導塾に通わせている家庭もあります。

僕は、確かに、その子に必要なMAXのコマを提案しますが、
その子がどれだけ本気か、
どれだけ、親御様に感謝しているか、
そして、与えられた授業を有意義に使うことができるのか、

そこまで徹底的に話をして、
加えて、親御様と経済状況まで話をして、
その子が自習をする可能性まで視野に入れて提案をし直します。
ただ、授業をとればいい、という考えは毛頭ありません。
僕は、授業を、本当に「生きた」ものにしたいのです。
結果、それが利益につながるのであれば、こんなに嬉しいことはありません。

さて、ある母親と息子さんを面談しておりました。
もちろん、冬期講習に関してです。
ですが、かなり険悪な雰囲気が漂っていました。
息子は反抗期。母親に対して、相当の嫌悪感をにじませていたのですね。

原因は知っていました。
複雑な家庭事情です。
詳しくは論じませんが、普通の父母がいる家庭ではありませんでした。
母親に愛情がない、という訳ではありません。なんせ、個別指導塾に通わせてくれているのですから。
ですが、息子に対する期待が大きいのでしょうか。
息子さんを肯定する言葉を聞くことがほとんどありませんでした。
状況的に、ひねてもおかしくない、とは思っていました。
逆に、そこまでひねていない、というのは救いだと思いました。

息子さんは、確かに人見知りが強く、我も強かったため、塾講師としても扱いは難しい生徒でした。
ですが、面談の際の母親の言葉は、息子をことごとく罵倒するものでした。
「先生、こいつ、勉強しませんから」
「やる気ないんですよ、最初から」
「自習に来るのも、カモフラージュですから」
「学校も、熱もないのに早退するんですよ、それで家でテレビをみている。おかしくないですか?」

息子からも言葉が飛びます。
「勉強してるし」
「本当に気分が悪かったんだって」

実は、息子さんとは、母親が来る前から面談しておりました。
こういう進路へすすみたい、
でも、母親からは、授業料免除を得るために、これだけ点数をとれ、さもなくばそこには行かせないと。
勝手に決めやがって、腹が立つ、と。
だから僕は、
「とりあえず、授業料免除を目指して勉強してみようよ。お母さんの気持ちもあると思うから、ここで反抗する必要はないよ、やってみよう」と話しました。
その時の、彼の話を聞く姿勢は、さほど問題はなかったのです。
そして、数学の強化、英語の強化をすることに、きちんと同意しました。
確かに、少し怠ける部分もありますが、塾にいるときはそれなりに勉強しているのです。
そのまじめな部分は理解しているつもりでした。

ところが、お母さんが来て、いざ面談となった時点で、これみよがしに椅子にあぐらをかき始めました。
目は宙を追っています。
傍目、やる気なし、の状態です。

それは、お母さんはキレるわ。

僕は、冬休みの間に、休んで残っていた授業コマをすべて、苦手な数学に突っ込むことを提案しました。
これは無料ですから。
ただ、英語の不安定さを解消するため、週1、英語を増やさないか、提案した時です。

「先生、見たらわかるでしょう、この子、やる気ないんですよ。無駄じゃないですか。」
そうきたか、と思いました。そして、子どもの前で
「私は、もう、やる気ないんだったら辞めろ、塾なんてって言ってるので。もう限界じゃないですかね。」
と。

講習の面談が、退塾面談に切り替わってしまいました。

「信じる」

彼も、こちらを見ずに壁を睨んでいます。
ここで、僕が「わかりました」といえば、それで終わるでしょう。
ですが、ろくなもんじゃない。
このまま、彼を放置すれば、別の方向に突っ走る、と。

僕も覚悟を決めました。

「お母さん、確かに家ではやっていないのでしょう。」
「ええ、全然。テレビばっかり。」
「でも、塾ではやっていますよ」
「まぁ。でも、その程度だと、困るんですよ。がんばる、ということをわかってもらいたいので」
「ですね。確かに、やる気のない時に、お金を払って授業をさせても、とは思われますよね」
「そりゃそうですよ」
「わかりました。では、先に、残っている授業で数学を強化する、それを先に進めましょう。これは、彼も同意したことなので」
「大丈夫です?この状況でやって、意味がなくないですか?」
「お母さん、私は、この1か月、彼の様子を見てあげてほしいのです。」
「はぁ」
「数学を強化しながら、彼に、勉強習慣をもう一度見直させてみたいのです。」
「・・・で、英語はどうするんです?」
「英語は、この1か月で、彼にやる気が出てきた、と感じた時に、再度、お考え下さい」
「この1か月で、変わらなければ辞めさせますよ」
「お母さん、私は、彼の塾での良いところを見ています。私は、彼を信じてみようと思うのです
「・・・そうやって、今までも全く変わらなかったんですよ」
「信じたうえで、こちらもしっかり指導します。もし、変わっていないと判断するなら、それは私の責任です。」

沈黙が続きました。彼の様子は変わった雰囲気はありません。相変わらず、目は壁の方へ向けています。あぐらが崩れて、身体を傾けて座っていました。
ですが、僕は再度続けました。
「お母さん、僕は彼を信じます。やってみましょう。」

結局、あと1か月、様子をみる、ということになりました。

実は、この話、現在進行形です。
だから、僕の「信じる」という言葉が、どういう効果をもたらすかは、全くわかりません。
退塾の可能性は否定できないでしょう。
でも、それでも、
彼に、「自分を最後まで信じてくれた人がいた」という気持ちを残せるなら、
もしかすれば、価値があるのではないか、と思っています。

「信じる」という言葉の効果

僕が「信じる」という言葉の効果を信じているのは、1つの経験が基になります。
集団塾で教鞭をとっていた時に、どこからどうみても「ヤンキー」な中学3年生の男子生徒がいました。
他の塾から転じてきたのですが、授業中にうるさいわ、紙飛行機を投げるわ、いうことを聞かないわ、
なぜ、塾に通ってくるのか、最初は分かりませんでした。
おまけに、受験生。いるだけで、周りに迷惑がかかる。

ところが、進路の面談をする際に1対1となった時、彼は僕に言ったのです。
「なぁ、オレ、行ける高校あるの?」と。
授業では見せない、真顔でした。
「オレ、前の塾で、バカだからどこにも行けねーぞって言われたからさ、学校の先生にも。」
「うん。」
「オレ、工業に行きたいんだけどさ、内申も悪いし、バカだから無理だよな」
おっ、と思いました。
目標が明確だ、今どきの子にしては。
つっぱっているのは、自信がなくて、自暴自棄になっているからかな?と。
その子の成績を確認し、確かに低いのを確認して、こう言いました。
「なぁ、授業の前に30分、毎回、自習できる?」
「?」
「まだ分からんけど、可能性はゼロではない、勉強やれば。」
「見てくれるんか?」
「ああ。そっちこそ、ちゃんと来て、勉強して、授業もちゃんと受ける。授業をちゃんと受けなければ、見ない。」
「・・・わかった。本当に毎回来るで。信じてくれる?」
「そりゃ、信じるさ。ちゃんと来いよ。」

その子は、本当に毎回30分早めに来て、授業も真面目にこなし、時にはおかしな答えを授業で発表してみんなを笑わせて、
そして、周りが驚くほどに成績をあげました。そして、見事に志望の工業高校に合格しました。

・・・それから5年。彼が20歳になった時、「一緒に酒を飲みたい」と連絡が入りました。
立派な社会人になっていましたね。海外転勤に抜擢されて、給料が上がるっていうことで、だれかと飲みたかった、それで僕と、らしく。
居酒屋で、酒を飲みながら話をしていて、当時の話になった時、言われたんです。
「オレ、人から信じられたの、初めてだったんよ。親からもバカバカ言われてたからさ。あの時の先生の『信じる』って言葉のおかげで、吹っ切れた。嬉しかった。」と。

最後に

どんな子でも、無条件に誰かから信じられたとき、プレッシャーもあるとは思いますが、嬉しいはずです。
それは、自分に置き換えてもわかること。
「それでもあなたを信じる」
僕は、結果を期待してはいません。
信じることで、心が救われる子がいること、
それを、多くの方に知ってもらえたら、と願っています。

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