心を病んで、失ったものと、得たもの


僕のような、一度、精神疾患にかかり、社会から離脱してしまうと、社会復帰をすることはとても困難になります。偏見がある上、社会的にフォローがほとんどないのです。

  

精神疾患への偏見と社会的不備

精神疾患の苦しみを伝えることができれば、少しは偏見が改善されるのではないか、とも考えるのですが、
うつだろうが、自律神経失調症だろうが、パニック障害だろうが、統合失調症だろうが、その苦しみを、苦しんだことにない方に伝えることは、なかなか難しいようです。
心の健康な方は、その症状やつらさをイメージすることが困難です。
経験したことのない、全く未知の領域だからです。
おまけに、心の病気は目に見えない。
だから、「何もないくせに、辛そうにしやがって」と誤解を受けることもあります。

また、精神疾患=犯罪者のように白い目で見られることも。
心が壊れた人間は、何をしでかすかわからない、という訳です。

社会における受け皿も、さほど多くありません。
ハローワークで仕事を求めた時も、「障害者雇用なら」と言われました。
精神疾患をオープンにして、雇用してくれる会社は皆無です。

精神疾患にかかると、ほとんどの生命保険には入れません。
きちんと働いていたとしても、普通に稼いでいても、
精神科の通院歴があれば、住宅ローンを借りることはできません。

このように、一度、精神疾患にかかると、社会的に大きな不利益を受けます。
救いの手は、ほとんどありません。
自分でどうにかするしかないのです。

これが、今、心を病んだ方の現状です。
本当は、多くの人の理解を得て、助けてほしい。
でも、精神疾患の方はどうしても少数派、マイノリティです。なかなか目を向けてもらえないのですね。
ですが、病気を経たから、得るものもあります

ただ、まずは、心の病がどのようなものか、理解を深めてもらうべく、伝えていきたいと思います。

心の病にかかると、どのような感覚になるのか

心の病がどのようなものかを一言で表すと、「自分の心が自分でコントロールできない」ということです。

自分の心が自分のものでなくなってしまう、という「恐怖」です。
それまでは普通にできていたことが、普通にできなくなります。
心の中に不安が押し寄せ、胸を潰すようになります。
恐怖で、気力が奪われます。
ひどくなると、立っていることも座っていることもできず、
眠ることもできず、体力と精神力を奪ってしまいます。
周囲からは理解されません。「何してるんだ、立ち上がれ、生活はどうする、どうにかしてよ」と。
それによって、さらに不安をあおられ、調子を崩します。
そのうちに、いろんなものを失う、もしくは失う恐怖に襲われます。

仕事も
友人も
家族も
社会的地位も

このままでは、全部失ってしまう、このままでは周りを巻き込んでしまう、
その恐怖は、もはや自我を保てる領域ではありません。
先の見えないトンネルに突っ込まれた感覚です。

僕ら、精神疾患にかかった人間は、そのときから、生き方の転換を迫られます。
今まで通りの生き方ができない、できないからこそ、病に倒れてしまったのです。

今まで通りの仕事ができない
今まで通りの生活ができない
今まで通りの人間関係が保てない
今まで通りのお金の使い方はできない

そして、「喪失感」に襲われます。「何もかも失ってしまうのだ」と。
不安、恐怖、喪失感、そして、ふがいない自分に対する「自責の念」です。
気持ちに押しつぶされ、そこから逃げ出そうと、また、もう人生のやり直しは無理だろうと、
もがいた挙句、いちばん楽な、究極の選択が、「死」となってしまうのです。

ただ、僕は死にませんでした。
自分が死んでも、家族の誰もが幸せになるわけではありません。
僕がもがいているとき、妻は泣いていました。
いろんな方からメールが届きました。
僕の教え子からも、誰から聞いたのか、メールが届きました。
僕は、生きるか死ぬか、で、もがきました。
でも最終的に僕に生きることを決意させ、僕に気づかせてくれたのは、
「人のやさしさ」でした。

心の病が、人の優しさを伝える

職を追われ、完全に「喪失感」でいっぱいでした。
死んで逃げたい気持ちがなかったわけではありません。
ですが、お金は必要でした。住宅ローンも、子供の養育費も。もちろん、生活費も。
プライドはありました。ですが、プライドで飯は食えません。
プライドを捨てて、アルバイトを探し始めました。
とにかく、何でもしようと思っていました。

30代後半の僕を、パスタ屋の店長はすぐさまアルバイトとして雇ってくれました。
学生や、20代のアルバイトの中で、とにかく異彩をはなっていた30代のおっさんアルバイトを、
周囲の同僚は、本当に優しく、時には慕ってくれもしました。
中には、やはり、僕が普通でない境遇を経ていることから、白い目で見る方もいましたが、
そんな中、お客様からも親切にしていただきました。
そこでは、「社員で残ってくれないか」とも言われました。
嬉しくて、涙が出ました。
・・・ただ、今は塾講師に戻ってしまったのですが。。。宿命と適正なのかもしれません。

いろんなアルバイトを経験しました。
そこで、僕は気づきました。
コンビニでも、ファミレスでも、牛丼屋でも、
深夜帯で働いている、パート、アルバイトの女性も男性も、多くがダブルワーカーでした。
「子どもの学費を稼ぎたい」
「家族の生活費をねん出したい」
自分のためではなく、家族のために、体をすり減らして仕事をしているのでした。

まだ病気にかかっていなかった時の僕は、そんな方々を見下していました。
今から考えたら、僕のほうが、断然恥ずかしい。
深夜帯のダブルワーカーの切実な状況と気持ちが、全くわかっていなかった、井の中の蛙だったのです。

深夜帯の方は、とにかく優しかったです。
働きながらも、僕の体をとことん気遣ってくれました。
「俺がやるから、休んどけ」
また、逆に、
「俺の代わりに、少し稼いでもいいよ。時間、つけときなよ」
とか。

人って、こんなに優しいんだと、本当に感激しました。

病気になって、辛いことの連続でしたが、病気になって、人の優しさが身に染みてわかりました。
そして、気が付きました。
「人の優しさを知り、人に優しくなるためには、この病気の経験は無駄ではなかった」と。

人の優しさに敏感になれた

確かに、精神疾患になった以上、これまでとは生き方を変えなければなりません。
ほんとうは、この現状を、多くの方に知ってもらい、
多くの精神疾患の方の力になってもらいたい、と願っています。

ですが、おそらく、多くの方の理解を得るのは難しいでしょう。
それは、僕が最初に書いた通り、精神疾患の方が、まだ少数派、マイノリティだからです。

だから、結局、自分のことは自分でしなければならない。

ただ、心を病んだことで、失ったものと引き換えに、得たものがあります。
それは、「人の優しさ」に敏感になれたこと。
そして、最大限、「人の気持ちに敏感になれる」こと。
今、塾講師をしていて、子どもや親御様の気持ちに立つとき、「気持ちに敏感」であることで、塾の利益を度外視して、その子、人に寄り添うことができる。
これは、病気を経験し、乗り越えたからだと思っています。

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